<前編> 「音創りについて」
飛澤正人(以下飛):僕は本業がミキサーですから、その立場からボカロ曲の音を聴いてみると、どんなに再生数が多い方を見ても、どうしても作り方が「素人」な部分がある。それを「もっともこうすれば良くなるよ」って発言していきたいなという思いがあって、自分のホームページでもノウハウの公開を増やしています。まだ「レベルとは何か」「周波数とは何か」「倍音とは何か」みたいなことなんですが。
せんとういん(以下せ):一番基礎の部分ですね。
飛:基礎を知らないと、的確なEQ(イコライジング)っていうのはできないんです。
にいとP(以下に):興味を持っている人は居るんじゃないでしょうか?
飛:先日、藤本健さんって言うライターさんのページで紹介していただいたんですけれども、その時の反響が物凄く大きくて、アクセスもとても増えました。
40mP(以下40):クリエイターさんからの反響はどうですか?
飛:多くはDTMビギナーだと思うんですけれど、うちに仕事にくる若手のミュージシャンとかも「見ました!」といってくれてます。去年の8月位、ちょうどボーカロイドの投稿と同じ時期からやりはじめました。
メジャーシーンの音創りの変化
せ:飛澤さんは、去年の8月に現役ボカロP「寂恋」(寂恋 My List)としてもデビューされたんですよね・・・
飛:40mPさんの前でお恥ずかしい(笑)。ただ、ボカロ曲を投稿してみて、自分の中での意識変革が生じてきました。メジャーシーンでも、「プロ」のエンジニアがかかわらない作品が発売されているようなケースも、ここ数年増えていると聞きます。
せ:メジャーからリリースされるような作品でも、ボカロPがやっていることとにある意味近づいて来ている、ということですよね。と考えると、飛澤さんが持ってらっしゃるノウハウこそが、DTMerやボカロPがいま一番「求めているもの」なのではないか、と思います。
飛:そのレベルや方向は違うにせよ、メジャーの質がそんな状況で落ちてきてしまったのなら、プロのエンジニアが介在しない作品全体のレベルを底上げするようなことをやってみようかと(笑)。そんなちょっとした挑戦みたいなところがある訳です。
せ:こちらに来る道すがら40mPさんにもお伺いしたことですが、(制作に際して)「迷うことも多いですよ」と仰っていたじゃないですか?
40:アレンジも作曲・作詞自体もいつも悩みながらやっているんですけれど、特にMIXやマスタリングになると、何が正解なんだかわからなくなる時もあります。誰かに教えられた訳ではないので、自分の今のやり方が「正しいんだろうか?」と常に思ってますね。
飛:みんなの作品を聴いていて良く思うのは、前後の見せ方が出来ないですよね。横はパン振ればできるけれども、前後は難しい。
40:難しいですね。
いきなり始まった「飛澤流・音創り基礎講座」
飛:僕の考えでは、一番前に居るべきは、ボーカル・キック・スネア・ベースの4つ。後は、少しずつ空間が広がって、ギターやピアノはちょっと奥。その更に後ろにストリングス等が広がっているような、前後の間隔をつけることがまず肝腎なんです。そのために、前におくべきものにはとことん前にくるような処理をする。となると、キックがあってスネアがあって、ベースはキックを支えるようにいて、歌がここ(前)に存在しなきゃいけないけれども、何かが邪魔していることがあります。
に:そうですね。
飛:その「何か」を排除するのがイコライジングですね。欲しいところを足すのもイコライザーだけれど、邪魔なところを削るのがまず基本。前にあるべきものを一番前に出す方法を、最初に考える。だからスネアとかでも、音源に「タァーーン」っていう奥行がついていると、遠くなっちゃうでしょ?
(一同、うなずく)
飛:投稿作品を聴いて良く思うのは、バーチャルドラムにはアンビ(エンス)がついた設定になってる。あれはいらない。だから僕が作るときには、アンビを全部切って、キックもスネアも単体でバス送りして、それから音作りをして、スネアに空間をつけます。
イコライジングとはまず「何かを排除すること」
40:ドラム音源のAD(XLN AUDIO のAddictive Drums)とか使ってると、ついプリセットを使っちゃいますよね。最初は「あぁ、めっちゃ抜ける音だなぁ」とか、と思うんですけれど、「何か曲にあわないなぁ」と思いはじめて。やっぱり一から、ドライの音で作り直さなきゃいけないんだなぁ、ということに気づいて色々やり始めたので、まさに今のお話をなぞって来ました。
飛:そこに気づかれたということが凄い。音に敏感な方は、やっぱり「何か、違うな」から始められる。でも多くの方は、「何か、違うな」から、次に「どうやるんだろう?」で止まっちゃう。ミキサーという人種は、何が自分の中で気に入らないんだろう?というところから始まって、それを排除するためにはどうしたらいいのか?を考える。だからもう40mPさんはミキサーを「始められてる」んだよね。
40:でもまだまだです。
飛:僕だってまだ悩みながらMIXしてる。「これでいい!」っていう作品はまだ作れた試しがないし。楽曲何曲作っても「これでいい!」って思えないのと同じです。
40:過去の作品聴くと「こうしたら良かった」って思うんですか?
飛:思いますよ。聴きたくないものも一杯ある(笑)。プロだって、満足な作品は意外に少ないんですよ。
ボカロPはよく500Hz以下を切るけれど・・・
に:ボカロって、生声に比べると「音が薄い」って言われます。各ボカロPなりに(工夫した)EQの使い方とかコンプの使い方ってあると思うんですけれども、40mPさんは?
40:いや・・・特に決まってこれ、ということはないです。
に:ミクなら毎回ここの波形をちょっと・・・なんてあまり考えてないですか?
40:ミクとグミを使った感触で言うと、ミクの方がレンジが広いと言うか、音にバラツキがあるので、その音量をどう調声してやるか、みたいなところは工夫してます。グミは割とずっと声が太くて音圧がそのまま出ている感じですね。ミクの方がちょっと調声必要なのかな、と。あまりEQをいじったりはしなくて、ボカロの声は500Hzくらいでガーッと切ったり、というやり方をしてます。
飛:500Hzから下を切るというのはどういう理由ですか?
40:最初に聴いた感じで、その辺を切るとオケとなじみがいいのかなと思って、それがセオリーになってますね。
飛:どのくらい切るの?なだらかな感じ?
40:割と急激に落としてますね。
飛:なるほど、ハイパスフィルターみたいな形にしてるんだ。
40:で、ちょっと子音を足したりしたい時に、10Kから上をちょっとだけ持ちあげたり。
に:私もそんな感じです。ボカロのトークイベントの時、ボカロP何人かで「みんなどうしてるの?」っていう話になったんですが、500Hzあたりをいじる人が多かったですね。まず500のところがちょっとあがっていて、その後、1Kとかと計二つの山を作る。どのくらいあげるかって言うのは、みんな違うんですけど。
飛澤流・ボカロEQの極意
飛:実は、女声の音域で、300、400、500Hzっていうのは、もろ実音なんです。だから、本当は実音を切ってるっていうことなんだよね、500以下を切るって言うことは。
40:上の方は全部倍音なんですね。
飛:そう、1K、2Kくらいも二倍音、三倍音。でも実際は僕も、2Kとか3K辺りを上げます。もし下の方が邪魔だったら、500はいじらずに、200Hz辺りを少し切ってあげるとスッキリしたイメージになって歌が前に出て来る。声の存在感って言うのは、100Hzあたりの音圧感なので、そこを削っちゃうと音像が奥へ行っちゃう。ベースと多少ぶつけるくらいでいいんです。
に:そうなんですね。
飛:だから下の方は、極力切らないで、ベースとちょっと干渉する200近辺を若干削ってあげると、モコ感がなくなる。その下の100Hzとかはベースとかで聴感上マスクされるから、あまりいじらない。ミクの場合、声のヌケをよくするためには、2Kとか3kとかをEQで2〜3dB上げてやります。シャキッとさせたいんだったら、10Kとかをあげると歌の存在感が前に出てくる。それでコンプで潰して、レベルを稼ぐ。ボーカロイドってもともと抑揚のない機械だから、基本的にはベタっとしてるじゃないですか。
40:そうですね。
飛:だからもう思いっきりコンプで潰して、オケに合わせて抑揚をオートメーションで書いてあげるんですよ。「こう歌って!」って感じをね。だから「どう歌わせるか」って言うのは、調声だけじゃなくて、トラックダウンでどうするのか?っていうことも考え合わせてやるのが重要なのだと思います。